保育園のお迎え帰りに出会った、動かない猫。10月、その姿が消えるまでに知った「捨て猫」の現実

それは、8月のうだるような暑さが続く、ある日の保育園のお迎えの帰り道。
近所のマンションの前で、1匹の猫がひっくり返って動かなくなっているのを見つけた。
「生きているのか?それとも…」
俺にできるのは、その猫が目を開けるのを1時間ほど祈るように見守ることだけ。
その後、マンションのオーナーから聞かされたのは、人間のあまりに身勝手な都合で「捨てられた」という衝撃の事実。
なぜ、俺が故郷での保護活動をWebから支え続けたのか。
その原点とも言える、忘れられない出来事を綴る。
動かない猫 保育園のお迎え帰りに出会った猫
それは、8月のうだるような暑さが続く、ある日の保育園のお迎えの帰り道でした。
娘の手を引き、いつもの道を歩いていた時、近所のマンションのエントランス前で立ち止まりました。
アスファルトの上、じりじりと照りつける太陽の下で、1匹の猫がひっくり返って動かなくなっていたのです。
ぐったりとしていて、お腹の上下もわずか。近寄るのも躊躇うほどの「死」の気配が漂っていました。
「死んでいるのか、それとも……」
実は、僕は昔から動物が苦手です。
直接抱き上げることも、撫でることもできません。
そんな私がその場でできたのは、ただ遠くから、その猫が目を開けるのを1時間ほど、娘と一緒に祈るように見守ることだけでした。
1時間が経った頃。
猫はゆっくりと頭を上げ、ふらふらと、まるでおぼつかない足取りでどこかへ消えていきました。
その姿を見た時の安堵感は、今でも忘れられません。

俺のすんでいる地域は、結構な数の地域猫?野良猫?がいる。でもひっくり返って動けない猫をこの時初めて見た。
数日後・・・ マンションのオーナーから聞いた衝撃の事実
あの子は無事だったのだろうか。
気になっていた数日後、マンションのオーナーさんとお話しする機会があった。
そこで聞かされたのは、あまりに身勝手で、残酷な真実。
あの猫、実はね、隣のアパートで飼われていた猫なんだよ
オーナーさんの話では、隣のアパートで若いカップルが、動物禁止のルールを破って隠れて猫を飼っていた。
それが発覚して退去することになった際、彼らはあろうことか、その猫だけをその場に「置いて」去っていったという事実。
衝撃だった。
あの猛暑の中、アスファルトの上で気絶していたのは、ずっと野良で生きてきた猫ではなく、少し前まで、涼しい部屋で「家族」として暮らしていたはずの命だった。
突然外に放り出され、飲み水すらどこにあるかわからない中で、あの猫は絶望的な暑さに耐えていた。
そう思うと、やりきれない怒りと悲しみがこみ上げてきた。

その話しを聞いた時は、そんな事本当にあるんだと驚いた。人間と身勝手が生んだ不幸な命って本当にあるんだとおもった。
10月に消えた猫 飼い猫だったはずの猫が
その後も、何度かその子の姿を見かけることがあった。
でも、見かけるたびに体は細くなり汚れ、ボロボロになっていく。
そして、10月の頃。
あの子の姿を、パタリと見かけなくなった。
どこか優しい人に保護されたのか、それとも……。
答えの出ない不安が胸を締め付ける。
家猫として育った子が、突然外の世界に放り出された現実。
命を「モノ」に変える あまりに醜い人間のエゴ
「飼えなくなったから、置いていく」
その行動の裏にあるのは、あまりに醜い人間のエゴでしかない。
アパートのルールを破って飼い始めたのも人間。
見つかって困ったからと、命をゴミのようにその場に捨てていったのも俺達といっしょの人間。
涼しい部屋で、自分たちの都合が良い時だけ可愛がり、自分たちの立場が危うくなれば
あとは野良として生きていけ
と突き放す。
その一瞬の身勝手な判断が、一匹の猫にとってどれほどの地獄を意味するのか。

去年の猛暑は、冷房の効いた部屋で過ごしていても命の危険を感じるほどだ。 水の場所も、隠れる場所も知らない「元・飼い猫」が、その炎天下のアスファルトに放り出された時、どんな絶望を感じていたのか…。
路上で気絶していたあの姿は、猫の弱さではなく、人間の無責任さが生み出した「犠牲」そのものでしかない。
命を預かる責任を、自分の都合ひとつで放棄できる。
その傲慢なエゴが、今この瞬間も、誰にも知られず消えていく命を増やし続けている。
僕にできること 直接触れられなくても、救える命がある
俺は、猫を直接抱っこして助けることはできない。
でも、こうした悲劇が今この瞬間も、俺らの身近で起きていることを「知る」ことはできる。
そして、それを多くの人に「伝える」ことは俺にもできる。

直接手を差し伸べることが難しくても、Webを通じて救える命が確実にある。
一頭でも多くの猫や動物が、二度と裏切られることのない温かな場所で眠れるように。
善意活動者さんの活動を、これからも全力で支えていきたい。
TNRと保護を続ける意味
この記事で紹介したような悲劇を繰り返さないために、TNR活動には明確な「命を繋ぐ仕組み」がある。
野良猫の連鎖を断ち切る「最大の慈悲」
野良猫を捕獲し(Trap)、不妊去勢手術を施し(Neuter)、元の場所に戻す(Return)。 一見、厳しいことのように思えるかもしれない。
しかし、守る主のいないまま過酷な外で生まれ、ただ苦しんで死んでいく命をこれ以上増やさないためには、この連鎖を今、断ち切ることが、人間にできる最大の責任であり、慈悲。
保護活動はエゴから解放し、本当の「家族」へ繋ぐ
一度捨てられた猫や、外では生きていけない猫たちを保護し、適切な医療と安全な居場所を提供すること。
それは、人間の身勝手で壊された「命の尊厳」を取り戻す作業そのもの。
結び-LINKができること
結び-LINKは、直接現場で命を救い上げることはできない。 しかし、その尊い活動を維持するため、莫大な医療費やフード代、そして拠点を守るための維持費という、避けられない「現実」があることを知っている。
善意の活動者が目の前の命と向き合い続けるために。
結び-LINKはWebの力を通じて、孤独になりがちな活動と社会をむすび、支援の輪を広げていく。
善意が枯渇することのない、安定した活動基盤を共に作る。
それが結び-LINKの使命。

捨てられた猫や、外じゃ生きていけない猫を保護して、まともな医療と安全な場所を確保する。やってることは、人間の勝手でボロボロにされた「命の尊厳」ってやつを、力ずくで取り戻す作業。一頭一頭と向き合って、二度と裏切らない本当の家族に引き渡す。 それが善意の保護ボランティアの役目。「命の架け橋」なんて綺麗な言葉じゃ足りないくらい、泥臭い事をしていると本当に尊敬する。
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